デッドエンドに思いを馳せる
この記事は「今年プレイしたゲーム Advent Calendar」5日目の記事です。
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中学・高校と携帯を持っていなかった。まあ教育方針というやつだ。
ただ、電車通学(かつ駅から家までそこそこの距離がある)のぼくは帰宅に際して先回りして連絡しておく必要があった。
そこで重要となるのが公衆電話である。
6年間、携帯所持率が順当に上がっていく周囲の人間に抗い、テレフォンカードを使い続けた。おそらく同年代の人間の中ではトップクラスに利用していたのではないかと思う。
特に今回のゲーム本編と関係はない。
『公衆電話』
無料。
飲み会からの帰り、スマホの無い状態で公衆電話に閉じ込められてしまった主人公。ポケットの中に運良くあった10円玉3枚のみを利用して脱出を図る……というアドベンチャーゲームだ。
1プレイで可能なのは電話を三回かけることのみ。公衆電話にある赤いボタンは利用できないため、どこに電話するにも必ず10円1枚を消費しなければならない。
誰に電話するか、そしてどの順番で電話をするかが重要になる。
このゲーム、1プレイでクリアするのは絶対に不可能だ。どこかに電話をし、電話の結果いくつかの情報と電話番号が手に入り、大体そこで30円が尽きる。主人公は意識を失い、そして次のゲームが始まる。しかしプレイヤーは前のゲームで電話番号を新たに手に入れたので、最初から新たな電話番号にかけることができ、ゲームのストーリーが進行していく。
このゲームの『クリア』は、主人公を電話ボックスから脱出させることだ。かける電話番号で分岐が発生し、最終的に様々な人間に助けてもらうことになる。そしてその過程でたくさんの主人公が犠牲になる。
もちろん、ゲーム中でキャラクターが犠牲になることはたくさんある。マリオやロックマンといったゲームでは大量にキャラクターの死を目の当たりにするし、アドベンチャーゲームのようなノベルゲームでも主人公のデッドエンドは数多存在する。
しかし、奇跡的なゲームの才能があればアクションゲームをノーミスクリアできるだろうし、最強のシナリオ進め力と運があればアドベンチャーゲームをバッドエンドなしで一発クリアするのは不可能ではないだろう。その死は避けられるものである(シナリオ回収したい時はまあ喜んで殺す)。このゲームはそれらのゲームのほとんどと違い、主人公は必ず一度は終りを迎えなければならない。そしてその死はプレイヤーが必要として招いたものである。
主人公は、自分たちがN周目の自分であることを知らない。ふと思いついた電話番号にかけ、ふとある情報を思い出し、そして奇跡的に救助される。しかしプレイヤーは、その裏でたくさんの主人公が犠牲になったことを知っている。
たまには、一人の主人公のために犠牲になった主人公たちのことを考えてみよう。
何を言っているのかよく分からなくなってきた。